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尊敬する人は、高田純次です。
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人生を歩んでいると、ふと暗くて深い穴に落ち込むことがある。
それはとても深くて、どこまで続いているかは誰も知らないし、
どこにあるかもまた、誰も知らないのであるが、それが存在することだけは、確かである。

もうこんな人生は嫌だと。
もう十分頑張っただろうと。
これ以上生きているのは辛いと。
そろそろ幕を引くつもりでかけた最後の電話。
もう少し、生きようと思った。
コイツのために、もっと強くなろうと思った。
自分は人に生かされているのだと、今更ながらに気づいた。

どこを見ても闇ばかりだったけど、上を見上げれば一筋の光が見える。
一歩一歩、昇っていこうと思う。
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人間というのは、我侭な生き物だと思う。
誰もがみな自分のことしか見えてなくて、時には自分のことすら見えてなくて。
何かを押し付けたり、押し付けられたりしながら生きている。
無理を通せば道理が引っ込むように、誰かが我侭を言えば、誰かが我慢をしなければいけない。

たとえば、道を歩いていると、泣いている女の子がいるとする。
誰も気がつかないのか、それとも見て見ぬ振りをしているのかはわからないけど、声をかけようとしない。
人波はただ交差するばかりだ。
仕方なく、声をかけてみる。
どうやら、かわいがっていた子犬が死んでしまったらしい。
それは辛かったね、寂しかったねと慰めていると、いつの間にか周りには人だかりが。
「私も辛いの」、「俺も困ってるんだ」、あれをして欲しい、これをして欲しい、、、
そんなに辛いのなら、大変なら仕方ないと対応しているうちに、どんどん自分が無くなっているのに気づく。
そして、最初の女の子がこういうのだ。

「ねぇ、私、今度は猫がいい!」


小さい頃からそういう立ち位置だったとは思うけど、最近特に周りの我侭が目に付く。
いや、我侭を通り越して、理不尽とも取れるだろう。
それは後輩に限らず、社会人にも多いと思う。
問題を解決する手段はわかっていても、その手段を実行するためにはまた別の問題があり、仮にそれを解決したからといって、また新たな、そして、往々にしてより大きな問題が生じるだけで、結局どこまで行っても問題はなくならない。
そして一番問題なのは、「結局自分が我慢すれば丸く収まるんだ」と思ってしまう自分自身であり、何より、そこでもがいたり苦しんだりして得られた、見せ掛けの信頼や友情によって何とか自分を支えているという、自分の心の弱さなのだ。
6日の検定試験が終わったのと、七夕だったってことで、今日は小樽のばあちゃんのところに遊びに行ってきました。

小樽のばあちゃんって言っても、別に血のつながりがあるわけでもなく、前に俺が小樽に住んでたときにたまたま部屋が隣だったっていうだけなんですが。
ちょうど同じくらいの歳の孫がいるらしく、よくよくご飯を作ってくれたりして可愛がってもらってました。

弱みを見せたり相談したりしたことなんて一度も無いけど、間違いなく本当に辛いときに支えになってくれた一人です。
どうしようもなくてどうにかなってしまいそうなとき、いつだって「元気だったかい?ご飯食べてくかい?」と笑顔で迎えてくれて、俺にはただそれだけで本当に十分過ぎるほど幸せでした。

俺が札幌に引っ越した今でも、1,2ヶ月に一度は顔を見せに行くという名目でご飯を食べに行ってます。


なんて言うか、すごく居心地がいいんですよね。
相手に何かを強制することもないし、「もてなさなきゃならない」とか「常に笑顔でいなきゃならない」とかって自分に強制してもいないから、お互い自然体でいられるのが良い。

俺はMr.マイペースなんで、何かを強制されるのはすごく嫌なんですよね。
そして、変に自分に強制をしてる人といるのも好きじゃないんですよね。不自然だから。
無為自然が理想です。

だから、気が向いたときに行って、それですごく喜んでもらえて、しかもそれがちゃんと表裏なく心底喜んでくれるから、俺はこうして引っ越した今も遊びに行ってるんだなぁと思います。
じゃなきゃ行かないし。いくら年寄りの一人暮らしが寂しいからって、ただそれだけで様子を見に行くほど俺は「良い人」じゃないし。


というわけで、今年の七夕は「ありのままの自分」を「ありのままに受け止めてもらえる」という至福の時間を過ごすことができましたとさ。



俺は雲のように自由気ままに生きる。

やっとネットつながったwww
実は、2月に引っ越して以来、ネットのない環境でした。
それはさぞかし不便だろうと思いきや、ネットをする時間がそもそも無かったので大して支障もありませんでした。

が、しかし!

最近、色々と野望が膨らんでまして、どうにもネットが必要だってことで慌てて導入しました。
あと、Skypeも導入したい。

子は親の背を見て育つ、というのは本当だと思う。
親父がよく歴史の番組(大河ドラマとか、その時歴史は動いたとか)やドキュメンタリーなんかを見てたから、小さい頃からそっち方面に興味をもっていたし、たまに本を読んでいたから俺も読むようになったし。
あと、酒もベロベロになるまで飲んでたりするしw

やっぱ、何だかんだ言って、似てくるもんだと思う。

いや、家庭教師の教え子で、どうしても成績が伸びない奴がいるんだよね。
やる気もないし、集中力も無い。
何回教えても覚えないから、先に進めない。
宿題もやらない。
多分、きっかけがあれば伸びると思うんだけど、、、
俺が教えても成績が伸びない奴は初めてだから、結構戸惑ってる。
本とかたくさん読んだし、色々試行錯誤はしてるんだけど、やっぱり本人に自覚が無いと意味が無いわけで。

で、思ったわけさ。
「親父が勉強を始めたら、子どもも始めるんじゃないか」って。

親がただ「勉強しろ勉強しろ」って言ったところで、本人がやる気になるわけがない。
むしろ、やる気がそがれるだろう。
でも、言葉じゃなく態度で、親自身が勉強してたらどうだろう。
結構違うんじゃないだろうか。
しかも、「英語、久しぶりに勉強したけど、結構面白いわ」とか笑顔で言ってたら、興味持ったりするんじゃなかろうか。
しかも、「じゃあ、父さんと一緒にTOEIC受けるか!」とか言う流れになったら( ゚Д゚)ウマーな感じじゃないか?
んで、文法とか教えあったりして。

なんて言うことを、今日夢見てた。
来週提案してみるか~。


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