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尊敬する人は、高田純次です。
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友達っていうのは、もしかすると結構選ばなきゃいけないのかもしれない。
色々思い返しているうちに、心が醜くなり始める転機が、だんだんわかってきた。 人の揚げ足を取ったり、人の弱い部分をつついたり、人をむやみに非難したり、 触れて欲しくない部分を踏みにじったり。 それでいて、「自分は正しい」と信じ込んでるから厄介だ。 あいつと出会ってから、特に、仲の良かった先輩が卒業した4年生のときから、 接触する機会が増えた。 特段こちらから接触することはなかったけど、向こうから寄ってくるので適当に 合わせているうちに、気がつけば一番絡んでいる人間になった。 (とはいえ、最後まで俺から絡むことはなかったけど) そうこうしているうちに、すっかりあいつの人の醜い部分とか弱い部分を見る目が 俺に備わってしまった。 見たくないのに見えてしまう。 もっと早く気づくべきだった。いや、気づいていた。 あいつと会うとストレスが溜まるし、無駄に長引くし。 多分、一番嫌いなタイプだ。 だから、責められるべきは、ハッキリと主張しなかった俺だ。 でも、友達ってのは、選ぶもんじゃないと思ってたんだよなぁ。 人ってのは、周りの人間の影響を結構受けるもんだと思う。 特に俺は、受けやすい方だと思う。 たまたま、俺はこれまで人に恵まれてきたからよかったようなものの、これからも そうだとは限らない。 むしろ、これから社会に出たら、良くない影響を受ける可能性の方が大きいかもしれない。 だから、この関係は、「主張すべきところは主張しなければならない」という教訓と、 その実践の場であったと捉えるべきだ。 また、他にも、「人を批判してばかりいると心が醜くなる」とか、「謙虚さが無いと人から応援 されない」とか、色々なことを反面教師として教えてくれる。 それに、これから社会に出るには、そういう人間との付き合い方も学ばなければならないだろう。 そういう意味で、やっぱり友達は、選ぶべきではないと思う。 選ぶべきは、情報だ。 PR
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